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長い一日 その1

花房葉子さんのブックトークの日は、JR東海50+を駆使しての日帰り。銀座オルビエートhttp://www.opefac.com/orvieto/lunch.htm銀座中央通りを見下ろしてのランチコースにドリンクつき、名古屋からの新幹線往復運賃込みで15500円。50過ぎまで生きてきてしまった特権、愛用しています。ただし朝、4:30起き、帰宅が0:40。

かくして、東京の一日は長い。

午前中は仕事がらみで横浜市内の設計事務所のショールームへ。横浜市といっても限りなく町田に近い、小田急小田原線の沿線。梨畑があり、朝堀の筍を売っているおだんごやさんがある、というところ。銀座には新宿の手前、代々木上原から地下鉄で移動です。

至れりつくせりの感のある50+のツアー(添乗員なしの個人旅行)ですが、ランチを、渋谷、池袋、新宿あたりでとれるような設定も加えてもらえると嬉しいなぁ、と思います。一昨年、神楽坂方面に用事があって使った時には伊勢丹に入っているチャヤマクロビレストランhttp://www.chayam.jp/restaurant/shinjuku.html
でのランチが選べるようになっていたのですけれどね。今回のオルビエートも立地、料理ともによかったのですが、チャヤマクロビレストランの時にもいいところを教えてもらった、という感じでとても美味しくいただきました。

昼食後、花房さんが会場に来られるという3時すぎまでの時間を当初、池袋~熊谷守一美術館~立教大学第一学食、裏門~展覧会場であるスペイン料理文化アカデミー、という経路を歩いて過ごそうと思っていました。

ところが、天気予報によると、東京は午後雨。

急遽、熊谷守一美術館をあきらめて、地下鉄水天宮の駅にほど近い「ミュゼ浜口陽三ヤマサコレクション」http://www.yamasa.com/musee/に行くことに。
東京に行った日の前日(4/13)に、友人に誘われて名古屋のギャラリーで浜口陽三のカラーメゾチントの作品を初めて観ました。独自の技法が最大限に生かされた、ものそのもののもつ存在感とそのものが含みこむ詩を同時に感じさせてくれる版画でした。その時に彼の実家であるヤマサ醤油が運営している美術館がある、と聞きいずれ行ってみたい、と思ったのですが、よもや、翌日に行けるとは、思いもよらないことでした。折しも、生誕100年にあたるということで、特別展示の油彩作品なども観ることができました。

浜口陽三は黒の諧調が美しく出せる銅版画の技法であったメゾチントに、新たにカラーの技法をあみ出したそうです。
はじめてのカラー・メゾチントによる作品がこちら。

浜口陽三 すいかとレモン

蝶やサクランボの作品の赤が印象的です。

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おつれあいは版画集「ボヌール」(リトルモア)で親しんできた南桂子さん。(1911~2004)

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南さんの作品をはじめてみた時の驚きは忘れません。これが、私の母より14歳年長の女性の作品なのか、と。改めてその経歴をみてみると、むべなるかな、と納得できるものです。

http://www.galerie-miyawaki.com/keiko-minami.htm

短い時間でしたが、偶然が重なり、思わぬ場所に導かれ、いいときを過ごすことができました。

その後、池袋から立教経由で会場へ。
これは、かつて、頻繁に歩いた道を逆にたどるコース。
高田馬場にあった「あらえびす」という名曲喫茶に足繁く通っていた頃、高田馬場~目白~学校と歩くことがあって、その時の目白からの最短距離途上に「スペイン料理文化アカデミー」がある、と知り、逆コースでもいいのでもう一度歩いてみたい、と思ったのです。
「あらえびす」は銭形平次の作者野村胡堂http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E6%9D%91%E8%83%A1%E5%A0%82が音楽評論をする時に使っていたペンネーム「あらえびす」を店名にして経営していた店。私語厳禁、大きなスピーカーに向かって並ぶテーブル、よりすぐりのクラシックがかかっている、読書に最適の場所でした。1973年10月22日にカザルスが亡くなった日、(あるいは翌日?)ここで無伴奏チェロ組曲を聴いて以来、カザルスに魅了され続けています。



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15 : 04 : 50 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

長い一日その2

さほどの雨にもならず、目白の会場に到着、花房葉子さんの展覧会を観て、ブックトークに参加。
ブックトーク会場には、小林敏也さん、自然食通信社の横山シャチョー(葉っぱさん=花房葉子さんにならってこう呼ばせていただきます。)、そして、私たちがこの会にお誘いした齋藤次郎さんもいらしていて懐かしい顔が嬉しい。
終了後は次郎さん、T、k.さんと三々五々目白駅に向かって歩きました。唯一目白駅からやってきたk.さんに「来た道を教えてね。」と言いつつ…。ところが、なんだか裏道を歩いてる。ま、方向は間違いないし、とそのまま裏通りを進んでいくと、何だか見覚えのあるポスターが貼ってある店が…。と、思ったと同時にk.さんの高揚した声が、「古道具坂田よ」と告げるのです。私にとって坂田さんは、イギリスのスリップウェアをたくさん持ってきて売っていた人。http://www.slipware.jp/work4.htm後にかつて日常使いされていたスリップウェアの美に行き会った時には、遅かった!と臍をかんだものです。そして昨年3月には、企画展、常設展の展示替えがあるごとに伺っていた、ぎゃるり百草http://www.momogusa.com/temp/temp0803sakata.htmlで「古道具坂田展」が催されました。当然足を運びました。

余談ですが、時間の折り合いがつかず行けなかったこの時のシンポジウムのパネラーのおひとり、土田真紀さんの論文をまとめた著書『さまよえる工藝』は折につけ開いてはその蘊蓄に耳を傾けることを愉しみにしていた本でしたが、つい先日、ぎゃるり百草の安藤明子さんが「たまにいらしても、なかなか、多治見市内を案内する機会もなかったのですけれど、今日は時間がとれましたので…」と店(BookGalleryトムの庭という書店です。)に立ち寄って下さいました。「かつて三重県立美術館の学芸員をされていて、民藝がご専門」と明子さんがTに紹介しているのを聞いて、よもや、まさか、と思いましたが、ご本人でした。

「古道具坂田」を目の前にして見て帰らない、なんて考えられない。Tはともかくとして、次郎さんも雨の中待たせてしまうことになるのに不謹慎にも「5分だけ待っていてください」と店内の人となるk.さんと私。

坂田さんは、芸術新潮2009年4月号P25の通りにお店の奥、畳の部屋に静かに座っていらっしゃいました。そのページの写真の説明はこんなふう。
「古道具坂田は東京の目白にある。1973年の開業以来、店構えはかわらない。扱う物は日本、韓国、中国、ヨーロッパ、アフリカ、南米まで幅広い。坂田さんは1945年生まれ」

そして後でお酒を飲みながら話していたら、「5分どころじゃない20分は待たされた」とお二人はおっしゃるのです。最早藪の中の話、そうだったかもしれません。
めでたくも私にも手がでた、鉄鍋の取っ手(囲炉裏にかける時に使うものかしら)を今回唯一の自分のためのお土産に買い求めてきました。
この取っ手、オーストラリアのNATIONAL GALLERYでつくられた額装ポスター(アボリジニのNARRITJIN MAYMURUの作品)の横の壁面に馴染んで、いい感じです。k.さんが目ざとく見つけた小さな小さな地球儀(大陸名が右から左に読むように書かれているので坂田さんは「そんなに古くない」とおっしゃていましたけれど、それなりに年季は入っているものでしょう)も素敵でしたよ。

長い一日の締めくくりは、「萱」。神田神保町にある居酒屋さんです。一度連れていっていただいて以来出てくるどの一品も美味しく、また、お店の方といらっしゃる方々の醸し出す空気が何とも言えず、穏やかで居心地がよかったことが忘れられませんでした。その時にいただいた、トマトとモッツアレラチーズが余りに美味しかったので、同じようにしてみるのですが、ただ、スライスして重ねてあったように見えたその味が未だ再現できないのです。この日も、出るお皿、出るお皿どれも美味しかった。茄子のエスニック風味など、かなりの辛さなのだけれど、ただ辛いだけではない後を引く美味しさでした。お通しにゆでそらマメと竹輪の天麩羅。ゆで豚も作り方を習いたいくらい。だったん、でしたっけ。大吟醸のお酒もフルーティー、だけに留まらない味わいがありました。ちなみにこのお店、味と、材料の来歴にうるさい自然食通信社の横山シャチョーお墨付き、御用達。

かなり頻繁に顔を出しているのが、フリーの編集者の平野勝敏さん。この日はかなり遅れての登場でしたが、次郎さんとJAZZの話、盛り上がっていました。ごめんなさい。ほとんどチンプンカンプンでしたので、耳を傾けつつ、平野さんがいらっしゃる前の次郎さんとのお話をふりかえって、とても贅沢な時を過ごしているなぁ、と感慨にふけっていました。
多治見でお話を伺う機会があった時にも感じたことですが、ある命題があると、何十年にもわたって、折に触れ機会があるごとに、そのことを考え続け、裏付けになる事柄を調べ続けていらっしゃる。考え続けるということは、知識が蓄積していくだけではない飛躍や、発想の獲得にも繋がるとても大切なことだと身をもって教えてくださっている、と思えるのです。
この日お話くださった構想は、じき、「子どもプラスミニ」の付録「手書きblog」に書いてくださるそうです。そしてJAZZ講座、12のレシピ(2時間から3時間CDを聴きつつお話をするためのリストが12種類あるのですって。)もたのしみに待っています。

次郎さんと6月には、再会できそうです。その時には「ケストナーの教え」についてお話してくださるそうです。


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02 : 36 : 45 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

2011.5.15パウル・クレー展 於京都近代美術館 と宇治平等院

おわらないアトリエと題したクレー展は、一枚の絵として描かれた作品を、何枚かに分割してそれぞれを作品として仕上げることがあったという、その制作過程に焦点をあてて見応えのある展示でした。公式HP
京都に続き開催されていた東京の国立近代美術館のHPで詩人のアーサー・ビナードさんのインタヴューの動画が見られます。東京国立近代美術館パウル・クレー展
第五福竜丸事件をベン・シャーンのラッキー・ドラゴンシリーズの絵とビナードさんの文章で絵本にしたてあげた『ここが家だ』(集英社)が刊行された時にも絵が好きだったお父さんが残したベン・シャーンの画集を少年の頃、繰り返し眺めていた、と伺いました。クレーの画集も同様にまるで一枚一枚がポスターのようになってしまうまで繰り返し、見、親しんできた、と語られます。

修学旅行の時には、ほかのコースを選んだため行かなかったし、その後も訪れる機会のなかった平等院。
鳳凰堂を拝観。鳳凰堂は天喜元年(1053)建立。鳳凰堂内に安置されている本尊の阿弥陀如来座像(国宝)は唯一現存する仏師定朝作の仏像だそうです。
鳳凰堂の壁一面にとびかう雲中供養菩薩像が美しい。雲の上で楽を奏で、舞う菩薩たちの姿のびやかさに強く惹かれました。全52体のうち26体は鳳翔舘という博物館で、間近に見ることができます。

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11 : 22 : 16 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

2011.7.8~9京都

ある日、飛び込んできた旅のサイトの携帯会員だけに案内するというシークレットプラン。かつてよく利用したウェスティン都ホテル京都のものでした。エグゼクティブフロアに宿泊、エグゼクティブフロアのみに開放されているラウンジが自由に使えるというプランが格安でしたので予約。

いつもの行き当たりばったりを、少し反省して計画を入念にたてました。

8日

朝一番で8時から開門している三十三間堂を拝観。高校の修学旅行以来です。
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昼食は、大好きな時雨めし弁当の考案者、料亭菊乃井の村田さん好みの「天とじ丼」が食べられるという平安神宮間近の「岡北」で。開店後さほど時間のたっていない時間におじゃましたのでゆっくり味わえました。なるほど、とろとろの卵に揚げたて車海老の天ぷら、香ばしいゴマ油の香りは、ここでしか食べられない美味しさでした。
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食後は、「岡北」近くの古いあかりの専門店、タチバナ商会や、骨董店を訪れ、掘り出し物を入手。
こぶりの湯飲み、あるいは大ぶりのぐい呑みのサイズの染め付け手描きの器と、少しかけのある切り子の小さな皿。どちらも愛蔵愛用品となりました。

3時からは、宮内庁に予約してあった京都御所の見学。案内つきで1時間のコースです。30代半ばから京都を歩くようになって、はじめの頃は公共交通機関で行き来できる祇園界隈、少し足をのばして五条、そして、寺町界隈散策が日帰りの限界でした。ここのところ御苑を横切る、歩く、ということが重なって、自然、あの築地塀の中がどうなっているのか見てみたい、と思うようになったのです。職員の方の丁寧な解説付きでまわる1時間、ただ、この日はとてつもなく暑かった!見学は庭園を巡り、建造物の外観を眺めるもので、建物内には入れません。あまり木陰もありません。そしてこの御所が、古来の内裏の形態を今日に保存している、とは言え、今の建物の造営は安政2年(1855年)、明治天皇が1852年生まれ。その父にあたる孝明天皇が1867年御所で崩御されるまでの12年間を過ごされたのみで、歴史が刻まれている感がないのです。見学が終わった後小休止。歩いてホテルまで、と思っていましたがその元気はなく、御苑入り口近くに待機していたタクシーでホテルに。

件のエグゼクティブラウンジ、夕方5時まではティー・タイム。5時以降7時まではバーとなります。
ティー・タイムからバーへの移行時間に偵察にいってそのまま滞在。東山方面の展望が存分に楽しめる絶好のロケーションの席に陣取って、用意されてあったビールやワイン、チーズをいただきました。そのうちに、一人に1セット、少量ずつではありますが、ホテル内の、和洋中華の各店の料理がワンプレートに綺麗に盛られて供されます。これが美味しかった!

夕食の予約が直前になってしまったので夜8時半からしかできず、夕食前にほろ酔い気分。先斗町までゆっくり歩いて行きがてら、第一弾の酔い覚まし。

めざすは余志屋。
かねてより噂には聞けども、訪れる機会のないまま今日に至る、という店。
名物鴨まんじゅうをはじめ、気になるもの、みんな、お造り、じゅんさい、だし巻き卵、時節柄鱧の落としも、好物鴨ロースもいただき、生中、お酒、しめに釜飯。デザートに黒糖シャーベット。
噂にたがわぬ味と気配り。さりげなくつかず離れずが気持ちいい。
8時半から、にめげずに行ってよかったぁ。

9日

翌朝は気持ちよく目覚め、入浴後ホテル敷地内の庭園と遊歩道を小一時間散歩。
朝食はエグゼクティブラウンジでではなく、バイキングを選びました。
ここ、品数とかサービスは申し分ないのだけれど、ホテルの朝食になくてはならない、燦々と日を浴びて、のんびりと、という感じがないのが玉に瑕。
広いけれど暗い、広いから食べるものを選びに行くまでの距離が長い。

ウェスティン都ホテル京都はチェックアウト時間の後2時間までは駐車OKなので、車を置いたまま、昨日建物を探し当てたら休館だった細見美術館をめざして歩きはじめました。

先日から町屋が見たい、と言いつのっていた連れが、道中半ばにあった「並河靖之輔七宝記念館」を見るというので寄り道。いやぁ、なかなかよいお庭でした。それもそのはず、数々の名庭園を手がけた七代目小川治兵衛(屋号植治)の作庭。琵琶湖疎水をはじめて民家に引いて七宝の研磨に使ったそうです。

予定の細見美術館。こぢんまりとしたスペースに逸品が並び、作品と向かいあって座って鑑賞できるよう持ち運びOKの椅子が用意してあるなど、見る側にたった気遣いが嬉しい空間でした。琳派の作品を数多く収蔵しているので、これから折々の企画展を楽しみにできる場所がひとつ増えました。

その後、車を回収。下界があまりに暑いので、貴船にでも行って涼もうか、とここは計画外だけれども、意見がまとまりでかけました。はじめての貴船です。
でも、皆考えることは同じ、とみえてたどりついてみたら駐車場が満杯。
貴船茶屋さんに「お昼の後、神社に行ってくださって結構ですから」(と京都弁で)誘われて、思いがけず、川床料理をいただくことに。
これはこれなかなかできない経験でした。

貴船神社は老若男女の神頼み、大いに賑わっていましたよ。七夕飾りもあって七夕生まれには嬉しかったです。



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2011.7.15~16金沢、高岡

尼御前S.A.で、デジカメをなくしてしまうというアクシデントがありましたが、美術館、博物館を巡り、新鮮なネタの寿司と、みっけもんの金沢料理で充実の旅。と、いうわけで写真ありません。(それ以前のデータも保存していなかったので8、9の京都の写真も全滅。たくさん撮ったのに…。掲載の写真は各お店、施設のサイトなどからお借りしました。)

7月15日

北陸自動車道を経て金沢へ。

かつての港町にある、宝生寿し で昼食。おまかせのにぎり。突き出し、デザートがついて2625円。
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カウンターで、大将の魚の話など伺いながらいただくのどぐろや太刀魚、朝とれあじ、めざしてでかけた甲斐がありました。

この金沢港の周辺、大野町には醤油工場が28もあるそうです。醤油蔵、味噌蔵が50もある、といいます。空いた蔵を利用して商工会有志によって営まれている「もろみ蔵ギャラリー」。ここで醤油ソフトクリームをいただきました。
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午後は金沢21世紀美術館へ。
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企画展は「イェッペ・ハイン360°」
こちらからどうぞ

体験型の作品。作品のただ中に身を置いて、知覚や、感覚が揺れるのを味わう、感じ。
「見えない迷宮」がことにおもしろかったのは、作品に仕掛けられた「こう動くべし」という枠組みを、素直に受け止めて(もしくは字義通りに受け止めて)実現してしまうのか、否か、で自身の内実を垣間見る気がするからでしょう。
と言うことは、会場外に示された壁の位置を頭に入れて、ほかの人々の動きを眺めるのも楽しい、ということになります。壁を頭にたたきこみ、問題なく、障害物に阻まれずに進むことは、本当に楽しいのかしら、というふうにね。

美術館から駐車場へ戻ろうとする道々、美術館敷地に裏口が面した、九谷焼の専門店がありました。
北山堂(ほくさんどう)。
九谷焼門外漢の私たちに、作家の方々の特徴と技法を丁寧にお話して下さいました。
小鳥好きの私、買わずにこらえて帰ってくるのがつらかった小皿はこちら。
三代目三井為吉さんの作品です。
tm043007.jpg

北山堂をおいとまする時に、近そうだった「金沢能楽美術館」への道順を伺いました。
そうしたら、何ともありがたいことに、招待券を持って追いかけてくれました。解説つきで、素晴らしい九谷焼を見せていただいた上に、このご親切。次回は小皿くらい持ち帰れるよう心づもりして伺います。

「金沢能楽美術館」では、企画展「花をまとう 能を彩る植物1」を開催中。
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加賀藩前田家は、能楽の保護、育成を図り、庶民にも謡を奨励したということです。維新後廃れたものの、中興の祖と言われる佐野吉之助により広く市民の間に広まった「加賀宝生」、宝生流15代宗匠が金沢に移り住んだのが隆盛のはじまりだということです。
中学、高校と水道橋の宝生能楽堂の隣、というか上にある学校に通っていたので、何とはなしに親しみを感じる「宝生さん」。すぐ上に教室があった中学の頃、早朝の発声練習を耳にすることもままあり、謡のリズムも耳に親しいものとなりました。能楽の鑑賞会も宝生さんで。
閑話休題。
花をあしらった能装束は、一枚一枚が見事な美術品です。

宿泊は21世紀美術館に近いから、と選んだ「金沢エクセルホテル東急」。
香林坊にあり、立地はいいです。

こちらに宿泊したおかげで、繁華なタテマチストリートに比して地味というか、昔ながら、というか、昭和レトロな感じが濃厚な新竪(たて)町商店街をのんびり歩けました。
以前から一度伺いたかったイギリスのアンティークの店、「Ver Meer」をはじめ新たな店子による雑貨屋、靴屋、オーダージュエリーの店、天然酵母のパン屋(翌日の朝食用に持ち帰り!)などもあります。
この通り、骨董店がたくさんありますが、時間が遅かったので半分は既に閉店。
営業していた店で、染付手描きの皿を買い求めました。少し重いけれども、四角い形と19.5cm角という丁度いい大きさで使い勝手がよさそうでしたので。

新竪町のお店をあちらこちら覗いているうちに夕食に出遅れた感あり。
宿に近い木倉町で評判の店はことごとく満席。

治部煮(季節はずれ~)が食べたかったので、加賀料理、と表にでていた割烹大岩へ。
加賀料理のコースをお願いして治部煮を入れていただきました。
かつてバブリーな頃は官公庁、社用族ご用達で大繁盛の店だった、とのお話を伺いながら貸し切り状態で、いろいろなお酒を試しつつの食事。
なんせ貸し切りなので、話し好きなおかみさんと寡黙ではあるけれども人あたりのいいご主人のお話をたっぷり伺いながら、食もお酒もすすむ、すすむ。
翌朝頭痛が残らないかしら、と心配になるくらい飲みました。足もとが覚束ない感じになるまで飲んだのは本当に久しぶりのことです。
名物大岩焼きは、牛肉、鶏肉、野菜を陶板で焼いたもの。割烹料理、というには少々大味かな?
ふぐの卵を3年つけ込んで毒を抜いたもの、とか、お酒のあてをいくつかサービスして頂き有り難く、美味しくいただきました。
何よりだったのは静かに、ゆっくり過ごせたこと。ご馳走さまでした。

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7月16日

午前中は石川県立歴史博物館で「宮廷の雅展」と常設展を観ました。旧陸軍兵器庫だったという3棟の建物は創建時の姿を忠実に復元したものです。赤レンガの外観や木の手すりの美しい階段など建物だけでも一見の価値があります。
220px-Ishikawa-ken_History_Museum03s3s4272b.jpg

展示の中で、興味深く観たのは、宮中の慶事があった時、手土産に金平糖、ボンボンなどを入れて渡されたという銀製のボンボニエール。87e86db6722401edc90bf832ffd05a69.jpg
写真は当日の展示品とは違いますが、直径10cm内外のかわいらしい大きさに、繊細な意匠が施された工芸品です。

平常展示の棟に移動する途中、隣接する石川県立美術館のポスターを見かけました。
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会期初日にたまたま金沢にいた、という幸運。

ホノルル美術館には、10.000点にも及ぶ浮世絵版画が収蔵されており、歌川広重・葛飾北斎などそのクオリティの高さも広く知られるところです。
 このたび、葛飾北斎生誕250周年の記念事業の一環として、ホノルル美術館以外の場所ではじめての「北斎展」を開催する運びとなりました。
 本展は、北斎デビュー時の春朗と名乗っていた時代の作品から、最晩年の作品「地方測量之図」までを、年代順に陳列し、画業を概観するものです。北斎を代表する「冨嶽三十六景」、「諸国名橋奇覧」、「諸国瀧巡り」などの揃い物を紹介するほか、日本初公開の肉筆なども含め、約160余点をご覧いただきます。(以上石川県立美術館HPより)


これだけまとめて北斎の版画を見るのははじめてのことです。上記のように肉筆画の展示もあり、北斎の天才を目の当たりにしました。

次なる目的地は富山県高岡市。そもそも、春から全国を巡回している「生誕100年南桂子展」が彼女の出身地である高岡市で開かれている、と聞いて今回の旅を思い立ったのです。「巡回展の作品以外にも、高岡市は独自に収蔵品として南桂子の作品を持っているので、行くのなら高岡!」と聞いていてもたってもいられなくなったので…。

「金沢から電車で30分」と聞いていたので、単純に富山方面に北陸道で行くのかなぁ、と思いきや、高岡市って能登半島の付け根あたりにあるんですね。

たどり着いたらちょうどお昼時でしたので、その名も「あんしんごはん」という自然食レストランへ。
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写真のように手作りのお総菜に一品ごとにグラムあたりの単価がついていて、テイクアウトもできるし、奥の座敷で食べることもできる、というお店。連れとそれぞれに選んだものをシェア。少量ずついろいろな味を楽しめてよかったです。

本命高岡市美術館へはここから車で10分ほど。

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南桂子さんの絵は、ミュゼ浜口陽三ヤマサコレクションで何点かは観たことがありましたが、これだけの点数(資料を含めて180点と収蔵品の常設展示「南桂子-スケッチブックの鳥・木・花」の40点)を観られて幸せでした。
この展覧会に先立ってミュゼ浜口陽三ヤマサコレクションでは別の切り口で2011年1月8日から3月21日まで「南桂子生誕100年記念展 きのう小鳥にきいたこと」が催されていました。その展覧会のイベントとして3月6日に生前50年代のパリで南さんと交遊のあった野見山暁治さんと後に80年代のパリに滞在することとなる堀江敏幸さんの対談がありました。その中で堀江さんが写真に写った南さんのまなざしの強さを評して「すごく空虚が何かを抱えていながら、しかもその空虚を抱えたままでもやっていけるという強い意志がないと、こういう目は生まれないんじゃないか。写真を見た時に僕がむしろ納得して、もしかしたらお描きになっている少女の目とある意味でそっくりなんじゃないかと感じました。」と、発言されていますが、たくさんの少女たちのたくさんのまなざしに、問いかけられ、心の深奥に降りていくような心持がするのは、少女の抱え持った空虚に呼応してのことだったのか、と思い至ります。
優しい、美しい、題材が童話的、などと括りきれない、ゆえに惹きつけられる何か、がある南さんの版画です。
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